Last Update : Aug 18, 1996 

マッターホルンに登る方法

西川 克之

初めに
 マッターホルンに登る方法はいろいろありますが、一般ルートヘルンリ稜をツアーに頼らず、ガイドを雇って登る場合について説明します。なお、以下は私の経験を基にして書いたものなので当時とは状況が変わっているかもしれないことを最初にお断りしてます。

1.ヘルンリ稜
 ドイツ語でホルン(山)の小さいのをヘルンリという。つまりヘルンリ稜とは日本語でいえば鋸尾根になる。稜上には多くのジャンダルムがあるがそれらは登らない。それどころかその存在にも気がつかないかもしれない。ルートは稜の左、東壁側を巻くようにして登っていく。ツェルマットから見るとヘルンリ稜は急峻そのもので、本当にあのマッターホルンの頂上まで到達できるものなのかと思わされるが、登攀は見た目ほどには難しくはない。
  しかしけっしてヘルンリ稜を過小評価してもいけない。技術的にはさほど高度のものを要求されるわけではないとはいえ、標高差は1200mあり体力と岩と雪の総合力が試される。

  2.シーズン
 岩のルートなので、残雪がとけ、岩が乾いてコンディションのよい時に登ることが重要。一般的には7月下旬から8月中旬がよい。

3.体力・技術
 「スピード・イコール・安全」がアルプス登山の大鉄則である。雪崩や落石の危険を避けるためには、未明ヘッドランプを着けて出発し、朝方頂上に達し日が高くなる頃には安全地帯まで退却していなければならない。アルプスでは小屋から頂上まではノンストップで登るのが常識なので、5〜6時間は止まらないで、何も食べないで水準以上の速さで登ることができなければならない。
 ヘルンリ稜では高度な岩登りの技術よりもむしろ易しい所を安全確実かつスピーディーに登れることが大切で、標準所要時間を6時間として半分の3時間で中間点のソルヴェイ小屋に着かなければ下山宣告となる。
 ガイド付きで登ることを前提とすれば、日本でのトレーニングは岩登りの技術以上に長時間、水準以上の速さでノンストップで登り続けることに慣れておく必要がある。日本人の場合はとかくしょっちゅう休んで常に何かしら口にするがこのパターンではまずい。 

4.用具・装備
 日本の春山程度。ビブラム底の靴、アイゼン、ハーネス、手袋、帽子、雨具ヘッドライト、サングラス、行動食、ポリタンの水筒など。軽量化してスピー心掛けること。ザイルはガイドが準備する。

5.時差・高度
 ヨーロツパに行ってすぐにタフな登山活動を始めるより、数日は体を慣らす。高度の影響は人により相当差があるが、必ず何らかの影響はあるので、出発前に富士山に登っておくのも有効。

6.ガイド
 アルプスのガイドは単なる道案内ではなく、高度な専門職である。ガイドは山のコンディションが悪い時や客の実力以上のルートには行かない。実際の登攀以上に難しいのがコンディションの見極めとルートファインディングだが、その点はガイドに任せれば間違いはない。
 スイスのガイドは英独仏、三ケ国語が堪能であるが、フランスのガイドは英語はあまり達者ではない。シャモニーには日本人のガイド組織があるが現地ガイドよりかなり割高のようだ。                            
 現地のガイド料金は為替相場にもよるが5〜6万円だろう。ガイド料金以外にもガイドの交通費(割引がある)宿泊費、食費も客が払う。また1割程度のチップをはずむのが普通である。                           

7.山小屋
 小屋では土足は禁止であり、日本人には大きいが小屋にあるゴムか木の靴に履き変える。ピッケルやアイゼンはもちろんザックも入り口の近くに置いておき、部屋には持ち込まないで、必要なものだけをカゴに入れて持っていく。部屋は寝るだけの所と心得て静かにすること。                        

8.チューリッヒ空港
 ツェルマットに最も近い空港はジュネーブかミラノだが、便数も少ないので多くはチューリッヒ空港に到着するだろう。                    
 1階で荷物を受け取り、カートに入れて2階に上がり、連絡通路を通って地下の鉄道駅に行く。カートはホームに置いておけばよい。切符はまず半額旅行カード(Half Fare Travel Card)を買うのがよいだろう。半額旅行カードは期間中、鉄道が半額になるほかロープウェイ等もいくらか割引になることが多いので、切符を買う時には必ず見せる。荷物はチッキで送れば身軽だが、ツェルマットにはその日のうちには着かないだろう。

9.鉄道
 チューリッヒ空港からはベルンを経てブリークで、BVZ鉄道(ブリーク・ヴィスプ・ツェルマット鉄道)に乗り換える。BVZ鉄道のブリーク駅は国鉄駅を出た前で、市電の乗り場のような感じである。

10.ホテル
 ツェルマットに着いたらまずホテルをさがす。夏はすぐには見つからないかもしれないが、列車と同様、予約はなくともどこかしら空いているところはある。   

11.ガイド組合
 次にガイド組合に行き、ガイドを頼む。
「I want guide for Matterhorn.」自分の名前とホテル名と希望日を告げる。シーズン中は必ずしも希望した日に見つかるとは限らない。またガイドは日曜日と8月1日(スイスの建国記念日で祝日)は働かない。  
 ガイドはその日に見つかるのではなく、後日再度ガイド組合に行ってきく。

12.足慣らし
 高度順化はブライトホルン、岩登りは登山鉄道でローテンボーデン駅近くのリッフェルホルンがよい。ハイキングコースは無数と言ってよいほどあるが、たっぷり歩くならツェルマットから西へヴィスプ川の谷を登ってトリフトから北のメッテルホルン(3406m、標高差約1800m)がある。またガイド組合のツアーで近くの易しい4000m峰にも登れるのでそれを利用する方法もある。


13.ヘルンリ小屋
 ヘルンリ小屋とよく言われるが、実際にはほとんどの日本人はヘルンリ小屋ではなく、隣のホテルベルヴェデーレに泊まっている。ロープウェイでシュヴァルツゼーまで、ここから整備された道を2時間でヘルンリ小屋に着く。          
 ガイドの仕事は小屋から上なので、小屋までは自分で行き、小屋で夕方ガイドと落ち合う。夕食は簡単ながらコースが出される。

14.起床
 3時か4時に起床する。小屋番が起こしてくれる。急いでパンとティーの朝食をとり、ヘッドライトを点けアンザイレンして出発する。私の時のザックの中身は行動食としてチョコバー3本、ティー1リットル(中身は小屋でもらう)、アイゼン、手袋、雨具上衣、カメラ、手帳と鉛筆のみだった。ピッケルとヘルメットは持たなかったが、ピッケルはやはりあっても困ることはない。             

15.取付点
 小屋から2分でヘルンリ稜取付点となる。ここから一気に岩壁がそそり立ち登攀が始まる。

16.ヘルンリ稜下部
 初めは踏み跡も明瞭で登山道に近く、ウインパーのアルプス登攀記にもあるように急峻そのものに見えたところが「走って登れる程」だが、すぐに傾斜は急になる。
しかし岩は順層で登りやすい。ガイドブックにはよく最初のクーロワールをトラバースしてから直登し、次のクーロワールを〜〜とか書いてあるが、本を読みながらでも登らなければ分からない。ガイドに従い次々と現れる障害をひたすら乗り越えるだけである。

17.ソルヴェイ小屋
 ソルヴェイ小屋の直下のモズレイスラブが岩場としては最も難しいが、ここもスピード第一、ガイドに確保されて素早く登る。ソルヴェイ小屋が中間点とされここまで3時間なら合格である。

18.肩の雪田 
 さらに登りつづけると肩の雪田に着く。この下部でアイゼンを着ける。モズレイスラブや肩の雪田には鉄の太いビレイピンがあり、条件の悪い場合はそれで確保する。

19.固定ザイル帯
 肩の雪田を登りきると、稜線に出、眼前に北壁の光景が展開し、足下も下まで切れ落ちて最下部まで見渡せる。ここで左に方向を変え、固定ザイル帯になる。傾斜は強いが、次々とザイルを伝って登る。ここは一方通行なので登り優先である。  

20.頂上
 ザイル帯が終わるといくらか傾斜のゆるい『屋根』になり、雪の上の踏跡を辿って、稜線に出るとまもなく頂上である。周囲にはアルプスの名だたる高峰がひしめく。南のイタリア側には対照的に緑の牧歌的な風景が広がる。

21.下降
 下降には最大限の注意を払う。岩場の煩雑な下りが延々と続くが、取付点に降り立つまで最後まで気をぬかない。パーテイー毎にザイルを掛け変えるのはは時間の無駄なので、「スピード・イコール・安全」の観点から、アルプスではよくあることだが、モズレイスラブでは懸垂下降に際して、他パーティーのザイルを借用したりさせたりすることが多い。                         
 下山後、ガイド組合に行くと登頂証明書がもらえる。

以上


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