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ラ・ネージュ山スキー記録集III 


  発行日 1989年12月25日

緊急時の対応                   

                                   菅沼 博 
 我々は雪崩を始めとする様々な危険を回避するため、リーダーなりは、様々な安全対策を講じたり、行動予定ルートの観察を行って常に最前のコースどりを行って、より安全な山スキーを実践している訳だが、山スキーを実践する限り、雪崩等の危険から完全に逃れることはできない。そこで、いざという時の為に安全装備の研究や、使用方法を習熟していなければならない。ここでは不幸にして遭難等に遭遇した場合の行動について考えてみた。
 一応、パーティーの一部のメンバーが事故等に遭遇し、残りのメンバーが救助依頼の下山や、自力での救出が可能な状態を”事故”と呼び、パーティーの全部又は大部分が事故等に遭遇し、自力での救出はもちろん、連絡の下山もできない状態を”遭難”と呼ぶことにする。 

I.事故の場合
1.雪崩による事故
 雪崩は尾根筋よりも谷筋に多く発生し、また、斜面が変化する場所は雪質も変化している場合が多く、こうした場所に多発するようだ。特に谷筋への滑り出しでは雪崩に充分な注意を払うこと。

(1)事故者以外のメンバーは一時安全な場所に移動し、二重遭難から身を守る。緊急パーティーを編成し、経験の深い者が緊急のリーダーとなり、パーティーの行動を指示する。

(2)事故者は雪崩に流されている間、ただじっとしているのではなく、雪の中を泳ぐように手や足を動かすと表面に浮かぶ可能性が高いといわれている。また、流れが止まった時点で、顔の回りの雪を取り除き空気の確保をしておくといいといわれている。実際は双方共非常に難しいともいわれている。

(3)緊急パーティーは雪崩事故の概要を良く観察し、現場の状況をきちんと把握する。
雪崩発生地点からデブリの末端まで観察し、雪上に体の一部が出ていないか、装備品は見えないか等を調べる。同時に現場の状況を的確にスケッチしておく。

(4)生存者を見付けたらすぐに掘り出す。デブリの末端に流されている場合が多いので、末端を中心にして規則的に捜索し生存者がいないかを確認する。この時雪面に耳を付けると雪の中から声が聞こえると言われている。

(5)ピップス(雪崩発信機)を所持している場合はピップスで効率的に捜索する。

(6)雪崩事故は初期の捜索活動の成否が事故者の生存のカギを握っていると言われており、効果的な捜索が望まれる。

(7)どんなに初期捜索活動が重要だと言われていても、二重遭難の危険性が高い状態の中では、捜索活動は厳に慎まなければならない。


2.雪崩以外の事故
 登高中の滑落や滑降中の転倒に伴う滑落等でねんざ、骨折、樹木への衝突や雪庇の踏み外しによる転落等が原因の場合が多く、メンバーの一人ないし二人が負傷する場合が多い。

(1)事故発生と同時にパーティーの行動を一時中断する。事故者を安全な場所へ移動し、二重遭難を防ぐ。雪崩事故同様、緊急パーティーを編成し、その後の行動を決定する。 

(2)滑落等の事故者は必ず滑落停止の努力をすること。絶対にあきらめてはならない。
大事に至る前に停止できるように日頃から練習を心掛けておくこと。

(3)危険を感じたらためらわずリーダーにその旨言い、トラーゲンしたり、アイゼンによる歩行に切り替える。


3.負傷者への対応
 負傷者を安全な場所に移動し、救急処置を行い、温かい飲み物等を与えてショック症状を和らげてあげる。と同時に冷えから体を守り、元気付けることも大切だ。


4.連絡下山、搬出時の対応
(1)パーティーとして負傷者と一緒に徒歩下山が可能な場合は最短かつ安全なルートから下山する。危険箇所ではザイルで確保することも必要だろう。全員が徒歩下山し、足場等のセッティングを行う。

(2)パーティーとして負傷者の雪上搬出が可能な場合にも(1)同様の下山を行う。 
特に急斜面やトラバース時には負傷者の安定保持を怠ってはならない。雪上搬出は大人数のパーティーの時に限られる。

(3)小人数のパーティーで自力搬出が不可能な場合は、事故者を安全な場所に移し、3人以上のパーティーの時は必ず一人が付き添い、他のメンバーが緊急下山を行い、救助を依頼する。

(4)2人パーティーの場合は事故者を安全な場所に移し、食料、防寒具、ビバーク用具等を充分残して1人で下山し、救助を依頼する。

(5)大パーティーでも自力搬出が不可能な場合にはパーティーを3つに分け、2人が緊急下山を行い、2人が付き添い、他のメンバーは安全ルートから下山する。

(6)夜間の下山はなるべく避けること。特に夜間は事故者を一人にしないほうがいい。

(7)いずれの場合も緊急下山した者は、警察に救助依頼するのと同時に、東京の緊急連絡先に事故の第一報を連絡すること。


5.連絡下山
 雪崩事故の場合は一般的に初期捜索活動終了後に緊急下山を行い、事故の連絡にあたる。最低でも2名で行動したいが、パーティーの人数によっては単独でも構わない。但し、大パーティーの場合は事故発生後、状況を判断した後であれば、初期捜索活動中でも2名を緊急下山させてもよい。ルートは最短かつ安全なルートを採用する。連絡下山パーティーの遭難はあってはならなからだ。
 また、現場近くに他のパーティーがいる場合で、協力をお願いできる時には、状況をメモに書き連絡をお願いする。


 −− 連絡先 −−                              
 警察:1.事故の概要、2.事故地点、3.事故者の氏名、4.負傷の程度その他  
   その後の行動は警察の指示によること。

 東京:当会の指定の連絡先に警察と同様の連絡を行う。


6.東京での対応
(1)在京メンバー(遭対委員、運営委員等)へ事故発生を伝える。
(2)救助隊を組織し、必要に応じ救援パーティーを出動させる。
(3)救援パーティーは必ず警察へ出頭し指示があればそれに従う。独断で事故現場へ行ってはならない。
(4)救出パーティーのB.C.設営
(5)救出活動の開始。−>−>−>完了。
(6)関係者への挨拶、お礼。 
(7)山岳保険への請求手続き。


7.救助隊の装備品
 事故の際にはすぐに揃えられるよう、保管場所の徹底を図ること。
(1)40mザイル(2〜3本)、(2)安全ベルト、(3)搬出用ボート、ツェルト、(4)ワカン、
(5)トランシーバー等等


8.搬出中の注意
 搬出作業以前の問題としてパーティーの力量を客観的に把握することが必要で、長い距離を曳行することや、不慣れな者が曳行することは非常に難しい。搬出には最低でも4名の曳行者が必要である。事故者の疾病の程度によっては安静を要する場合もあり、このような場合には救助隊の要請やヘリコプターによる搬出を急ぐべきである。
 また、雪上搬送はつぼ足で行い、急斜面やトラバースでは確実にビレイをとり安全を図る。もし曳行者の一人が不意に滑落した場合などビレイがないと搬出関係者全員が滑落する恐れがある。


9.山行中の注意
 最近はスコップを持参したり、ピップスを持参したりして雪崩に対しての対策を一応は考えているが、普段の山行に使用している装備がどのように緊急時に使用できるのかを研究する必要がある。


II.遭難の場合
 僕自身実際に遭難に遭遇したことがないし、そうした現場に立ち合ったことはない。 
但し、事故ではあるが遭難には至らなかった出来事は何回か経験している。こんな訳で遭難に関しては全くのシロートで、以下述べることも想像による事柄が多いことをおことわりしておく。
 山での安全、特に山スキーでの安全は最終的には 各個人の責任に負うことが多い。要はリーダー任せ ではなく、各個人のレベルでの安全確認が絶対に必要だということだ。
その時々にリーダーや他のメンバーを一緒に巻き込んで、自分の安全を考えることが必要だ。こうしたことは遠慮してなかなか言い出せないものだが、ヤバイと感じたら遠慮せずにリーダーに言うことだ。リーダーは先にサーっと滑ってしまったりしてはならない。
 急斜面にあっては技術に合った安全な滑降が、雪崩が怖い谷筋等では積極的でスムーズな行動が要求される。更に、沢の中で休む場合等は良く見通せる所で、且つより安全そうな場所を捜すことだ。これだけでも確実に実行できれば、大事に遭遇する可能性は大分少なくなる。また、ガスの中での行動はカンに頼る部分も多く自信のない時には行動しないことだ。帰れなければ帰らなくてもいいのだという考え方も時には必要だ。
 やたらガムシャラに滑ることがいい訳ではないし、かといってゆっくり滑れば安全ということでもない。要はTPOに即した行動パターンを実行すればいいということになる。
 具体的にどのような状態に陥ると遭難というのか、明確な定義は良く知らない。多分、山スキーパーティーが様々な理由から計画通りの行動ができなくなり、しかもその状況からのエスケープが不可能もしくは困難な場合が遭難と言えるだろう。万が一遭難しそうだと思われる時は、体力の消耗による遭難は絶対に避けたい。体力が底をついて行き倒れになる前に、状況の判断を下せるだけの余裕は絶対に必要なので肝に命じてほしい。


1.現地遭難パーティー
 無駄な消耗を防ぐ。雪洞等の中で体力、食料等の温存を図り、天候の回復を待つ。その時は外に大きな、目印を掲げ、他のパーティーの通過やヘリコプターによる捜索に注意すること。その際目印が風等で飛ばされないように注意すること。また、天候の回復状況によっては、一気に下山してしまうことが安全に下山する手段となることがある。
 山スキーによる遭難は遭難現場の特定が非常に困難な場合が多く、捜索には相当の困難が想像できる。ヘリコプターによる捜索が主体とならざるを得ないだろう。特に初期捜索には必要不可欠だ。従って晴天時にはヘリコプターによる捜索には特別な注意が必要だ。残念なことだが、このヘリコプターによる初期捜索が成功しなかった場合、遭難者の生存率はコンマ以下になってしまうだろうことも、各自が充分に認識しておかなければならない。
 このヘリコプターによる捜索は山岳保険への加入が前提条件となる場合が多く、当会では会員に山岳保険の加入を強制している。
 こう書いてしまうと無責任のようだが、
      [山スキーの遭難−>行方不明−>死亡]
という形が多いと思われるからで、各個人の側で様々な危険に対しての配慮が不可欠だといいたいのだ。リーダーは決して完全ではない。

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