Last Update : Sep 13, 1998 概念図追加
      Dec 1, 1997
戻る



ラ・ネージュ山スキー記録集III 


  発行日 1989年12月25日

大窓越え                   

北ア北部  室堂より大窓、白萩川滑降                     

                         1986年5月24日〜25日 
              メンバー:岡坂準一、草野一幸(RSSA)、遠山友樹 

 当初はスキーアルピニズム研究会の草野氏と毛勝山の山スキー大会に参加するつもりであった。ところが岡坂氏から電話で大窓へ行こうとの誘いがあった。それではといことで、3人で大窓へ行くことにした。24日のうちに下山して25日は毛勝山へ行く計画であった。まず最初は教訓から。 

     大窓に関する注意点                

(1) 日帰りで行く場合 富山を5時30分頃の一番電車に乗ること。時間に余裕を 
   もちたいため。今回は6時20分発でビバークとなった。           

(2) 1パーティにアイゼン1ケ・ピッケル2本・ザイル20m以上1本が必要。  
    (ピッケルは氷壁用がベター)                      
    大窓のコルには常時5m位の雪庇があるもよう。1981年の某氏の記録にも 
   そのように記載されているし、今回も約5mの雪庇に行く手を阻まれた。矢野氏 
   がいたら喜々としたであろう立派なものであった。筆者は記録を読んでいなかっ 
   たのであるが、岡坂氏がその記録を読んでいて、10mのザイルと氷壁用のピッ 
   ケルを準備していて通過することができた。ところがその岡坂氏もアイゼンはもっ
   ていなかった。他のふらりはアイゼンを持っており交代で使用して通過した。  

(3) この大窓コースは5月連休が最適のようである。今回は6、7回の渡渉を余儀 
   なくされた。もちろん靴を履いたまま。5月連休ならば渡渉はなさそう。最初の 
   堰堤が林道の始点であった。                        

(4) 今回のように5月下旬の場合は、大窓からの下りには注意が必要である。沢の 
   まん中に小さな尾根があるが、コルから見て右側へ滑り込まねばならない。左側 
   にはガレ場があり、雪が無いだけでなく、落石の危険が非常に大きい。普通にコー
   スを選択すればまず10人中10人は左へ入ると思われる。          

(5) 大窓への登りはブロック雪崩、大窓からの下りは落石の危険が非常に高い。大 
   窓からの下りで、今回筆者は1t位の岩の直撃を受けるところであった。自分で 
   はもうだめだと思った。0.5秒位の差で背中をかすめて通過していった。岡坂 
   氏の話では1m位しか離れていなかったらしい。この話は今でも女房にはもちろ 
   ん内緒である。                              

(6) ビバークの準備をした方がよい。今回は準備が不完全なためツエルトの中で座っ
   て過ごした。                               


以下感想を交えて今回の山行内容を記す。                     


【コースタイム】                             
5月24日                                   
  富山駅        6:20                       
  室堂         8:35                       
  剣御前       10:30                       
  二俣(近藤岩)   12:45                       
  池平山荘      14:30                       
  大窓雪渓出合    15:00                       
  大窓コル(雪庇下) 17:00                       
  大窓コル(雪庇上) 17:30                       
  池谷出合少し上流  19:15                       
  (ビバーク地点)                              
5月25日                                   
  同上発        5:00                       
  最初の堰堤      6:00                       
  馬場島荘       6:50                       



5月24日                                   
 朝5時少し過ぎに筆者と草野氏が大阪から富山駅に着いた。 岡坂氏が東京から5時38分の寝台特急で到着(少しぜいたく?)、6時20分発の特急で室堂へ向かった。天候があまり芳しくない。
 今シーズン3回目の美女平を通過して室堂へ着いたのが8時半頃。とにかく剣御前まで行こうということで室堂ホテルを出発、立山は雲に隠れ、天気が心配だ。剣御前は風が非常に強いし、剣岳も雲に隠れるしで、躊躇していて30分位ロスした。
 雨に濡れる覚悟で行こうということで意見が一致して出発。8mmカメラを回しながら剣沢をくだる。滑るのはやはり快感、雷鳥沢の登りの疲れもふっとぶ。下り始めると少しずつ空が明るくなってきた。調子よく下って二俣のほんの少し手前が渡れない。靴をぬいで荷物をほうりなげて、やっとのことで濡れずに渡渉成功。ここで昼飯。
 近藤岩を出発したのが12時45分。渡渉のロスが大きい。三ノ窓雪渓が真正面に見える。案外すなおに感じられる。一度は滑ってみたい。その三ノ窓を横目に見て小窓側へ向かう。傾斜がダラダラでかえって歩きにくい。平の池へ出てほっとする。池平山の斜面はなかなかすばらしい。ここまでベースを持ち込んで一度は遊んでみたいものだ。小窓と三ノ窓と池平山を目標にすればけっこう楽しめそう。そしてその後は大窓へというわけ。 
 池ノ平小屋がみえない。コルに着いてみると赤い屋根だけがあった。まだかなりの積雪があるということになる。14時15分に到着、もう時間がないので急いで板をはいて滑降開始。
 大窓雪渓出合まで3分の記録があると岡坂氏がいうので張り切って、ノンストップでやってやれと思い、滑りだしたのだが標高差300mの所で勘違いしてストップ。実際は足がもたなかった? 残り200m下って本当の出合へついたら、憧れの大窓のコルが眼前にあった。雪庇もみえる。この時は簡単に乗り越せるとたかをくくっていた。下から見た感じは三ノ窓と大窓はよく似ている。両雪渓共まっすぐで幅が少し違うだけである。この大窓の登りは何と2時間もかかってしまった。そして雪庇を通過するのにまた30分である。上記の注意点の所にも書いたようにえらいてこずってしまったのである。上へ出たら17時半であった。
 そしてこの後に色々の危険が待っていようとは夢にも思っていなかった。岡坂氏を先頭に三人気持ち良く滑りだした。そしてすぐに雪渓のまん中にある尾根の左へ滑りこんだのである。ところがこれが間違いのもとであった。下へ行ったら、なんと雪がなくなってしかもガレているのである。大きな岩が今にも落ちそうなのである。登り返すのがいやになって危険を承知でそのまま下ってしまった。
 そしてここまではよかった。ところがさらに下り始めた直後、直径1m位の岩が転がってきたのである。15m位上まで来た時、草野氏が気がついて、大声をだした。それを見た瞬間筆者はもうだめだと思った。それでも岩の下を横切る方向へ進んで避けようとした。結果的にはそれがよかったようである。背中をかすめて当たらずに通過してくれたのであった。
 東西両仙人谷との出合付近から斜度が緩くなって落石の危険も少なくなって一安心。しかしもう既に薄暗くなっていた。池ノ谷出合の少し上の所で暗くなり、水の流れが見えなくなってしまった。しかたなくビバークということで意見が一致して、ツェルトの張れる所を捜し始めた。
 岡坂氏の固形燃料のおかげで温かい紅茶を飲むことができた。岡坂氏に感謝!感謝!12時少し過ぎ、雨が降り始めてツェルトの中で座らざるをえなかった。座ってからが長かった。

5月25日
 5時に出発。いぜんとして雨が降っている。前日諦めた所まで来て、また思案にくれる。けっこう流れが強いのである。ストックを杖にしてザブザブと渡渉の開始である。膝より少し上で浅いわりに足を取られる。最初の渡渉は勇気がいった。岡坂氏がど根性でまず突破、あとにふたりが続く。
 2回目からは何のこともなく、5、6回の渡渉で最初の堰堤に着いた。3人で握手。ここから林道がはじまった。このころから意外や晴れだしたのである。新緑が素晴らしい。こごみの大きいのが沢山ある。時期がよければ最高である。馬場島荘へ着いたのが6時50分であった。ここでビールで乾杯。いろいろ誤算もあったが運よく事故を起こさずに下山できた。やはり記録は念入りに調べてから入山するようにしたいものだ。

                                (遠山友樹記) 


【概念図】
戻る
山スキー同志会のホームページへ
メールの宛先:
webmaster@ysd-jp.org